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ブログです。


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01,Jun,09 00:49高野川
の辺りを最近ジョギングしてます。
某京都◯繊大から高野川に出て、出町柳までおよそ2.5kmを往復。
今日は午後天気も良かったので、出町付近では水遊びしてる人も多かったです。
(どこかの大学生でしょうか。カ◯ート付近の河川敷に裸族も居ましたが。W)

で、出町の飛び石付近で妙なもの発見。
制服の女子高生(?)を被写体に、しきりにデジカメ撮影している一団・・・
なんか見たことあるな・・・とか思ってたら、ああ、「けい◯ん!」ですか。
そうか、ここがロケーション現場なんですね。まぁ、作ってるのが京都の会社ですし。
そう思って、よく思い起こしてみると・・・あれ、修学院駅やら松ヶ崎橋やら、なんか似たような現場がちらほら・・・

帰って調べてみたら、やはりうちの近所がいつのまにか「聖地」になっているじゃないですか。
まぁ、巫女キャラや神社が無いのが幸いか。W(さすがに下鴨神社(世界遺産)はねぇ?・・・)
てことで、1話を見返してみたり・・・唯はご近所さんだったのですね;・・・(あの家の裏には「法」の字があるわけですな。)

17,May,09 23:14忌中さいぞ
いやいや、ようやく落ち着いたというか、なんというか・・・

↓からこっち、ついてないというかなんというか、ひたすら不幸続きで。
2月の末にデータセンターで停電事故・・・有り得ねぇ・・・300台弱が一気に電源リセット・・・
一体何台のサーバを構築し直したことか・・・来週サーバのHDD交換を1台やってやっと終了です。

で、3月。
この月に引越しの予定でしたが、忙しすぎて4月に持ち越し。
親父の癌は進行が速すぎて抗癌剤も無効、副作用で幻覚と痛みが退かず、また、余命も半年くらいだというので、
本人の希望もあり、ホスピスで緩和療法に切り替え。
いい感じに麻薬が効いているのか、一気に元気に。病室はまるでホテルみたいで、窓の外は大文字の「大」の字が。
食事もかなり美味いらしく、食欲旺盛でかなり御機嫌の様子。
体力が弱ってるくせに、エレベータに駆け込もうとしてコケて歯を折りました。
ただ、介護は必要なので、平日はお袋が、休日は私が対応。
周りの苦労を知ってか知らずか、親父は子供に戻ったように我侭放題・・・看護婦さんにまでも。W

4月。
親父の健康状態が良くなって来たので、週末は外泊許可。叔母達も見舞いがてら集まってくれて、最期の花見。
同時に私は仕事の間を縫って引越し作業。実家の近くに部屋を借りようかとも思ってましたが、
結局1部屋貰って実家に住むことにしました。

中旬を過ぎると、親父は大分進行が速まっているのか、体の痛みを訴えるようになり、薬も増強。
幻覚が酷く、起きてなにやらごそごそ始めるので、殆ど寝ずの介護。
お袋はだいぶグロッキー状態。
GWに一時退院の予定でしたが、4月末に肺炎を起こして一時危篤になりました。
家族、親戚が集まって(北海道から長崎まで。)くれたのですが、熱も下がって持ち直したため、
そのまま居残ってくれて介護を手伝ってくれました。
ちなみに私は丁度引越し作業が重なってしまったので、4月最終週はお疲れさまMAX状態でした。
(引越しで5年ぶりくらいに車を運転しましたが、あまりどうということもありませんでしたね。)

5月。
GWは地方公務員の弟が連休取ってこっちに来てくれてたので、大分負荷が減りました。
(着いてきた身重の嫁が観光気分で何もしないというか邪魔なのにはお袋が大分切れてましたが。w)
親父は最早肺が1/4も機能してない状態で、酸素吸入はMAX、起きているとしんどいため、睡眠薬も強力なものに。
殆ど覚醒してないのですが、寝ぼけてマスクを外すは、覚醒すると体がきついため色んな体勢を取ろうとして動きまくるわで、
目が離せない状態は変わらず。24hシフトで過ごしました。
結局、私がGWにやったことと言えば、急ぎ自宅ネットワークのセッティングしたことと、床屋に行ったくらいでしたね。

GW空けからどうなるか心配でしたが、妹がGW後も居てくれたので助かりました。
(こっちは長男をこちらで預かっているという事情もあるのですが。家庭訪問もあったし。)
それでも皆大分疲れが溜まって来た頃、5/5に私が夜間介護に就いた時から熱が退かなかったのですが、
そのまま覚醒間隔が長くなり、排便で覚醒することもなくなって、5/8未明に眠ったまま息を引き取りました。
丁度お袋が夜番に就いてて、明け方3時くらいに「お父さんの呼吸が弱くなってきてるから、ちょっと来てくんない?」との電話。
出かける準備してる間に「息が止まった。」との続報。
妹、叔母と一緒に病院に就いた時には、既に脈はありませんでした。

さて、それからがまた大変。親戚に連絡して、葬儀社に連絡して、会社にも連絡して・・・
5/9に通夜、翌日葬儀、果ては遠くから来てる親戚のことも考えてそのまま初七日・・・
家族葬なので香典とか辞退していたにも関わらず、親類やら会社やら香典からお焼香まで、結局手間は変わらず。
初めての喪主はドタバタしている内にあっと言う間に終わりました。

にしても、親父が若干の苦労はしたものの、自業自得というか、割と我侭に生きてきた所為か、
はたまた、亡くなる寸前まで家族で世話して来て、状況把握できてた所為か、
殆ど湿っぽい雰囲気が無かったのは幸いでした。むしろほっとしたような感じが漂ってました。
通夜の時はお袋と叔母(実は高校の同級生)とで、故人が生きてたら耳が痛くなるような話で盛り上がってましたね。
まぁ、地方の人間は割と人の死に慣れているというか、都市部の人から見たらもっと日常に近いというか、
割とあっさりしてるなぁと昔から思ってはいましたが。
結局、葬儀で涙腺がゆるんだのはうちの妹と親父の末の妹の2人のみ。
末娘は甘やかされてるからというのが叔母(姉の方)の意見。

まだ納骨とか残ってますが、(長崎に行かなきゃならない)とりあえず今週末は久しぶりに昼まで寝てました。はふ〜
引越し荷物もようやく展開し終わったとこです。
実家に居るので長崎弁で会話する機会が増えた所為もあるのでしょうが、只今のBGMは「つゆのあとさき」(by さだまさし)。
寂しいはずだけどなんか爽やか。そんな気分です。

18,Jan,09 23:47同居人の・・・

ハエトリグモちゃんです→
数週間前から部屋の中でよくお見掛けするんですが、
なつっこいというか、机の上とか目の前をちょこちょこ歩き回ってて、
妙にかわいいのです。w
いつもなら外に出してやるのですが、外は寒いし、
家の中にも食べ物はあるでしょうってことで、そのままにしてます。
踏んじゃったり、ハムに食べられたりしないか心配ですが。
2〜3日見掛けないな〜と思ってたら、今日は洗濯物置き場で発見。
寒かったろうと、暖かい部屋に戻してあげたついでに1枚パシャリ。
(暖かいといっても人とハムが居て、常にPCが動いている程度ですが。w)

こっちに来てから良く見掛ける紙魚とか駆除してくれると
有難いのですが、紙魚の方が大きいので、無理ですかね。
(ハム達が居るのであまり殺虫剤とか使えないので。)
まぁ、ダニくらい居るでしょう・・・ミントによくハダニ付いてるし。

さてさて、親父の癌ですが、病理検査の結果、どうやら腎臓癌は食道癌とは別もののようで、
肺に転移している細胞群と同じものらしいです。
つまりは、新しい癌組織だそうで。・・・体は順調に老化・崩壊していってるってことなのでしょうかね。
で、こいつが神経系に食い込んでるものだから、すんなり摘出はできないとか。
抗がん剤で小さくしてから摘出するとのことです。肺の方は完全治療は無理なので、進行が抑えられたら良いのですが。
20年前(もうそんなに経つんですね・・・丁度私が東京に出た年です。)に爺様が余命1年と言われてから
半年くらい経った頃、やはり抗がん剤で辛い目に会ってるのを見てますから、
「この世に未練もないし、多少寿命が伸びるよりは、兎に角体が楽になる方法にしてくれませんかね?」
とか親父が先生に言ってたそうで。
爺様も最後はモルヒネでボヤーっとした状態でしたが、それまでは抗がん剤の副作用で、吐き気・頭痛・下痢,etc
とかなり苦しんでましたからね・・・わからんでもない。
新しい薬は、昔よりは大分副作用は少なくなってるらしいのですが、それでもやはりキツいらしいです。
折角治療するのですから、せめてあと1度親類縁者を尋ねて旅行できるくらいには回復して欲しいところなのですが・・・

にしても、今年はほんとに厄年じゃないのか?・・・と疑う程にあれこれトラブルが続いてます。
先週末はなんかバイクで走ってて、トルクがやたら落ちたな?とか思ったら片肺になってるし、
昨日は朝起きたらPCの駆動音が止まってるし・・・
てことで今週末はメンテ三昧。
先ずはPC。完全に火が入らないので、電源またはマザー。ジャンクの古い200W電源を繋いで起動・・・動いた。
ただし、これでは容量が足りないのと静音型でないので、日本橋まで電源買いに行きました。
ついでにメモリ増設と、最近五月蝿かったグラフィックボードのファンをオイルアップ。とりあえず復旧。
バイクの方は、外に出るついでに手持ちの部品で障害切り分け。先ずは動いてない右肺の確認。
スパークが飛んでないですな・・・左肺のものと交換。(こちらの方が片肺運転のため白くなってましたが。)
やはりスパーク飛ばず・・・嫌なことになって来ました。電装系回りのトラブルですか。
とりあえず持ってた新品のイグナイタに交換してみる・・・NG。後はコイルかぁ?・・・
といったところで、PC電源も買いに行かなきゃならなかったので中断。さて、自分で直すかショップに持ち込むか。
G衛隊に居た頃は通勤で毎日乗ってましたから自分で修理してましたが、最近はほとんど乗ってないこともあって、
ちょっと時間掛かってもいいや・・・なんて考えるようになってきました。

13,Jan,09 05:44あけまして・・・
めでたいのやら、めでたくないのやら。
年末からこっちずっと忙しくしてて、連休に至ってようやく年始気分のさいぞです。
本年も宜しくお願いします。

さて、厄年には2年早いのですが、どうにも年末から運気が悪いようで、年末〜お正月は散々でした。


■お袋曰く「とんだクリスマスプレゼント」ってな感じで、親父の癌の転移が12/25に発覚しました。
一昨年に食道癌をやってからこっち定期的に検査もしてましたし、(所見:異常無し)その間にも
凍結路面で転んで肩を怪我して入院→リハビリと、病院(某府立)に居る時間が長かったにも関わらず、
腎臓の腫瘍の所為でリンパが腫れ、腰の痛みがキツいからと精密検査をしてようやく判明した次第。
CT画像見せてもらいましたが、左腎には明らかに大きな腫瘍が、肺にも小さな腫瘍がポツポツと素人にも見て取れます。
(リンパの流れからして、もしかしてこちらが原発巣なんじゃねーの?とも疑いたくなりますが。)
どうして今まで気付かなかったの?とお袋も少々ヒートアップ気味。
まぁ、元は自分の細胞、病院で感染させられたわけでもないですし、医者だって万能ではないのはわかりますが、
やはりすんなりとは納得し難いものがありますね。

心配されていた骨への転移は認められないのと、リンパの腫れも癌そのものではないようですので、
まだ暫くは持ちそうですが、2年生存率は0%ですよと医者には言われました。
一度回復、復職してたので、ここ2年ちょっと様子見なところでありましたが、親父も隠居、
自A隊を辞めた当初の予定通り、これから両親の面倒を見ていくことになります。
妹のとこの甥がこっちの中学校に通いたいらしく、(北海道在住。野球少年)京都に出て来ることもあり、
少なくとも私も春には京都に引っ越すことになりそうです。(実家に住むかどうかはまだ未定ですが。)

当の親父はどうも長崎にはあまり思い入れは無いようで、京都に骨を埋める気のようですが、(墓は長崎に有りますが。w)
手術の回復度合いによっては生まれ故郷の台湾に連れて行ってやろうかなと。
(爺様が亡くなった時もやはり癌で、余命1年と言われて親父が台湾に連れていきました。
総督府時代にむこうで小学校の先生やってたので、教え子の皆さんにお別れも兼ねて。)
とりあえずは今後の入院・精密検査次第といったところです。

にしても、どうやら家の男系は癌になり易い遺伝子のようで、私もまた禁煙しなきゃかなぁ・・・
爺様は煙草吸ってなかったけれど。
お袋の遺伝子に期待。
対して女性は長生きですね。
親父のお袋、婆様は、ボケてますが元気な90歳です。
親父が親不孝になる確率の方が高いです。


■話は変わってお仕事関連。
年末はほんとにツイてなくて、業務支援先の会社の最終日が12/30。
31から他の者に遅れて休暇だとか思ってたら、31の昼頃に実家に行こうとしてたその矢先にサーバの障害通知メール。
データセンターのスタッフに依頼して、再起動で直るかと思いきや、ブートさえもしなくなる始末。
重い足取りでデータセンターへ。
切り分け作業で、どうやらRAIDコントローラが故障してることが判明。
最近思うんですが、RAIDってあまり安全って気がしないんですが・・・
今回はRAIDコントローラの故障で、HDDが2個ともパーティションテーブル破壊されてました。

さらに悪いことにこのサーバ、ハウジングのデータベースサーバで、お客のシステムの根幹な上に、
(システムはうちが構築・管理)バックアップしたダンプデータが無いだと?!
正確にはバックアップはあるのですが、違うサーバのもの。
メンテとかでDBサーバを切り替えて使っているのですが、何故かバックアップが取られていない
このサーバが何時の間にかプライマリになってたという次第。
おーい!運用担当!!

てことで、HDDのサルベージから開始・・・HDDが少し前のU-SCSI3というところでいきなり壁。w
バックアップサーバに家から持ってきたU-SCSIカード(私物)を繋いで対応。
CDブートしてgpartでパーティション情報スキャンしてfdiskで書き込み・・・なんとか元のデータを読み出せました。
ここで既に年明け。w
これからバックアップサーバをDBサーバに再構築、データを戻してとりあえずシステム復旧したのは
朝08:00でした・・・あけおめ。

一度帰って仮眠を取って、システム上の変更や動作確認等あれこれやって、結局終わったのは1/2の夕方だったという・・・


■もひとつお仕事関連
派遣の首切りが社会問題にもなってますが、IT土方現場の私の所感としては、「さもありなん」といった感じでしょうか。
私のところでも「技術者」の派遣を使ってますが、正直、どこが「技術者」なのかと小一時間・・・。
職業訓練でパソコンがちょっと使えるようになったくらいの技術で技術者として派遣するなと・・・
今来てもらってる人は、確かにAccessの操作とかできるのですが、1から10まで手取り足取り
教えてあげないとタスクがこなせない上、類似作業への応用も効かず、作業スピードが遅い。
一番困るのは、その成果物に重大なポカミスが頻発すること。
・・・派遣を雇ったおかげで逆に仕事が増えてる気がするんですが・・・
挙句、すっかりリスキースタッフとして、顧客からその人を外すように言われる始末。
技術者以前のレベルというか、技術者になっちゃダメでしょ、あなた。

全ての派遣がそうとは言いませんが、こんな人が多い気はします。
コーダーなんかは指示通りコーディングさえしてれば良いのでそうでもないのですが、
ことネットワーク/サーバー技術者はトラブルシューティングが命、機転と判断が問われる職種です。
派遣側ももう少しリソース・経歴管理を重視した方が良いのでは?
差別化にもなりますし、信用も得られると思うのですが。

正直、うちも景気悪いので安い人を選んでるのですが、それでもコストに見合ってない感は強いです。
コストが掛かる上で派遣を使うことのメリットは「切り易い」の一言に尽きます。
適時にリソースを投入できることが派遣の売りなのですから、切られることもその商品価値なのでは?
そういう意味で「派遣切り」の問題には疑問ですし、責められるのは商品開発元の派遣会社なのではないかと。
ま、実際問題になってるのは「技術者」とは名ばかりの「労働者」の方々なのでそこはまた趣きが違いますが。

そんなこんなで私の工数は跳ね上がる一方。
12月はまた残業が120時間をオーバーしましたとさ・・・ぐは。

24,Dec,08 00:14めりくりさいぞ
昼間出向が続いてて、夜は自社の仕事。2重生活が続いてますが、気候・景気共に世間はすっかり寒くなってまいりました。
景気は悪くなるのに仕事は増える一方。・・・一体何故?
まぁ、営業が小銭稼ごうとしてバカみたいに安い案件取ってくるからなのですが・・・
勝手に安請け合いしてんじゃねぇ〜〜〜!!

明らかにリソースが足りてない状況で、作業ミスが発生すると、「お客に怒られるのは営業の仕事だから」とか嫌味タラタラ。
半月前に忠告したはずです。「とりあえずこなしますが、質は下がりますよ」と。
それでも売ってしまったのはあなた達の責任ですよ?無い物を売ってきた所為で今あちこちで火が点いてるのは誰の所為ですか?
ということを声を大にして言いたい今日この頃。

・・・明日はどっちだ?

さて、お仕事で今コーディング「も」やってるので、
(そういえば、うち、Webデザイナーの人達がHTMLを書くのをコーディングとか呼んでるんですが、これって一般的なんでしょうか?)
勢いでここのページも更新。
ボタン類に微妙にグラデが入ってます。w
これ、実はcgiで生成してまして、各ページのconfigファイルで色を数値指定すると
勝手にグラデ掛けたpngファイルを作る仕掛けになってます。
(カウンターの場合はグラデを掛けた0〜9の数字が同じくpngで生成されます。)
ちょっとだけおしゃれになったかどうか・・・

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