業務スケジュール上、現在閑散期のはずなんですが、なんか全然暇になってないぞ?どうして?(笑)
てことで、今週も絵の更新無しです。すいません。
はて、職場で出身県別グループ訓練なんてのやってまして、
(上の人って暇なこと「だけ」考えるよなぁ。こちとらあんたらのための説明資料作りで午前様だってのに。
一般企業なら兎も角、あんたらも理系なんだからさ、てゆーかドクター持ちも多いのに、少しは自分で勉強してくれよ。
ブルーバックスとかニュートンくらいまでレベル落とさないと判らないっての問題だよ。いやまぢで。
・・・愚痴おわり。)
久しぶりに九州弁について考えてみたり。
目上の人に「敬語」を使うとき、九州弁だとしっくりくる時って多いです。バリエーションも多いし。
私の中では「幼児語(ていうか家族と喋るとき、友人と喋るときのちょっと粗野な)方言」・「目上の人に対する方言」
がしっかり場合分けされてて自然に出てきますし、普通の九州人だったら同様だと思います。
(時々、敬語表現ができないネイティブ・スピーカーも居ますが、これはちょっと邪道ですね。
余所の地方でむりやり方言を使おうとすると良く陥ります。上記1番目をネイティブと勘違いしてる人も多いですね。あ、英語もそうか。(笑))
ネットで検索してみたら、子供の頃から敬語を聞き慣れてるからじゃないかって意見がありました。
他の地方の方だと「敬語」は「成長してから学ぶもの」という認識もあるそうです。
なるほど。前にも書いたかと思いますが、うちの田舎では大人の仲間入りするときの一種のステータスが「言葉遣い」でした。
「敬語」が使えない子に対しては「幼児語」で返しますし、「敬語」を使ってくる子にはちゃんと「敬語」で返します。
従って、「ちゃんとした大人」に対しては敬語を使うというのが一般的で、「敬語」という分類よりは「大人ことば」と言った方が
しっくりくるのではないでしょうか。
特に首都圏のように社会的な立場で敬語を使い分けることもないですので、成人相手に敬語を使わないで話している人を見ると、
身近に感じるよりはむしろ社会人として幼稚に見えてしまいます。
面白いのはこっちのコンビニ店員(多分高校生)が体言止め(「です」「ます」「ございます」等を省略)するのが子供っぽく見える
のに対し、田舎の小学生が登校時に「おはようございます」と声を掛けてくれるのがよっぽど大人っぽく感じるとこでしょうか。
状況や分を弁えた言葉や行動の選択って重要ですよね。なんでもかんでも平等って教育はこういった感性を麻痺させてるような。
(そういえば、対馬人の住民性は好きではなかったですが、まだ小学生の挨拶はあったなぁ。)
敬語が含まれている方言てのはありますが、現在も公的な場で使えるのって九州以外には少ないように感じます。
多分かつては有ったんでしょうが、
ここで言ってるようにオフィシャルな敬語は共通語にとって変わられてる場合が多いのでは?
如何に共同体での上下の繋がりが残っているかが違いだと思うんですが、そういった点では、福岡などの都市圏では同じ現象が見られます。
関西弁はやや柔和な敬語かなと思うです。「大人ことば」「公用語」としての敬語表現ではないですよね。子供が同じ言葉使ってるし。
紀州の方に敬語表現が無い(?)らしいので、京都から広がったんじゃないかと思うですが、京都弁はどうなんでしょ?
ちなみに、標準語が地方に伝わって方言の敬語が生まれたなんて分析があるらしいです。
これはちょっと変ですね。東京弁をベースに共通語が作られたとはいえ、薩摩や長州弁が大いに入ってきてます。
(あ、だから九州人は標準語に抵抗なく対応できるのか。いまごろ納得。)
元来、関東は敬語が発達してない地方ですから、(茨城や栃木の方言には敬語が無いらしいですし。)明らかに他の地方から入ってきたものです。
きっと、敬語が標準語にとって変わられてるからこういう分析したのではないでしょうか。
そういや左門豊作って敬語ですね。