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16,Aug,09 00:30五山送り火

でした。
うちからは←の「妙」と↓の「法」が良く見えます。
これはお昼に撮ったもの。
既に松明の準備完了。
生憎と土・日は曇りでしたが、雨は降りませんでした。
金曜は気持ちいいくらいの晴れだったのに・・・


→で、こちらは床屋に行く道すがら撮ったもの。
某平沢さん家(仮)近所から。


夜の図。大文字。
うちのマンションの角から見えるには見えるのですが、
屋上は立ち入り禁止なので、建物の角で微妙に切れるんですよね。
屋上からだと良く見えるはずなのですが。
仕様がないので、自転車で高野川縁まで。
元々高い山の上ではないので、高いところに上がらないと
意外と立ち木やら電柱やら建物で見えないのです。
これは、前にスナップした高野川西岸川縁へ下る入り口付近から。


で、こちらが「妙」。
これが一番良く見えます。


こちらは「法」
うちからだと山影で「さんずい」部分が微妙に切れます。


こっちは少し遠いけど「舟形」
こちらもくっきり見えます。


で、油断してたらもう消えかけてた左大文字。
消えかけなのと、遠いので映りが悪いですが、
肉眼ですとちゃんと「大」の字が見えます。
来年再チャレンジですね。

てことで、住んでるとこが丸分かりな気もしますが、
うちからだと鳥居形以外は全部見えます。
親父の自慢だったのですが、360°一気には見れないんですよね。
せめてこの日くらい屋上上がれたらなーなんて。
階下を行き来してる人から見たら贅沢なのかも知れませんが。


06,Jul,09 01:00今日は

ヒルダはん(京都風)が退院したので、寺町電気街まで
買い物がてら軽く市内を転がして来ました。
写真は・・・
ええ。一部で有名な某白川通り沿いマックです。W
ムギちゃんは居ませんでした。W
最近、QuarterPounderがお気に入りなこともあり、
良く利用してます。
だって一番近いんだもん・・・
あ、カナー◯の中にもあったか。
でもこっちの方が駐輪し易いし・・・←言い訳 W

寺町の電気街へ行くのは、おそらく15年ぶり。
目的はX40用のソフトケースと「新しいデジカメ」。
実は長年愛用のFinePixA310は、引越し直前、
屋外でバイク修理の記録をしていた時、
ちょっと目を放した隙に盗まれました;;
これだから大阪民国は・・・
引越ししてから、ここに京都の画像を載せなきゃな
と思っていたところでしたので、
そろそろ新しいのを買おうかと。

ただ、あまり高解像度のデータは撮らないし、
最近のは光学ズームも標準なので、
兎に角安い機種を探しました。
他の条件としては、SDカードと
「乾電池対応」であること。←こだわり。W

GEが新規参入で出してきたA1050は10MPix・
x5光学ズームで1万円弱!
なかなか良さげだったのですが、結局
必要性とお値段で、Polaroidのi834にしました。
8MPix・x3ズームで5千円弱。

てことで、←は帰り掛けに思わず聖地巡礼
テストショットしてしまったと。W

で、夕方からいつものごとく駆け足に出かけるついでに
早速スナップをば。


こちらは工繊大前。少し先から
高野川西岸の河川敷に下りられます。
(下は下り口から北側を見たとこ)
この大学、国立でキャンパス規模とか、
物性・高分子材料系・繊維系に偏ってるとことか
雰囲気がうちの母校(生協の白石さんで有名なとこ。W)
に似てるとこもあり、親近感沸くんですよね。
昔、お袋もここの生協で働いてました。





今日は軽く雨が降っていました。
この辺の風景の私の印象というのは、
曇天で比叡山方面にやや霧が掛かっている感じ。
丁度そんな天気でした。



で、南下。
こないだまでは帰宅時に蛍が見られたのですが、
(深夜0時とか・・・;;)
梅雨に入ってからはもう見てませんね。
一度携帯で撮ったのですが、真っ黒でした。W
蛍が飛んでいるうちにデジカメ欲しかったのですが・・・
また来年です。

賀茂川側と違って、こちらは鬱蒼とした感じです。
てか、川見えなくなってるし。W


北大路通・カ◯ート前
そして鴨。W


さらに南下すると見えてくるのが賀茂大橋。
左手が京阪出町柳駅方面です。
毎朝ここから北浜まで通勤。
丁度1時間です。
(まだ小手指〜市ヶ谷の時よりは近いですが。)
始発なのでゆっくり座って通勤できます。
後は通勤時間帯の特急、進行方向向き座席にして
くれないかなぁ・・・ > おけいはん






下は剣先。出町柳デルタです。
高野川(左)と賀茂川(右)が合流、
ここから下流は「鴨川」になります。
剣先から両岸に延びてるのが、
これまた一部で有名な飛び石。W
賀茂川側、向かって右側の飛び石付近で
妙な方々を散見します。W

で、私はいつもここで折り返しますが、
賀茂川側を北上コースも一度走りたいですね。
いつも5〜6kmくらいを走ってて、
ここまで丁度約2.5kmくらい。
ちなみに通勤時はここまで自転車です。

左の飛び石を渡って、高野川東岸へ。


剣先から北側、下鴨神社方面。













下は賀茂川方面。
こちらの方が広くてのんびりした雰囲気。
こっち側は穏やかに晴れてる風景の印象が強いですね。
親父がよく鴨にパンくずやりに来てました。

高野川東岸。
最近は終電近くにこの辺をチャリで帰ってたりします。
通常は川端通を行きますが、まれに川縁を行ったりも。
涼しいし。
賀茂川側くらい広ければ良いんですけど。
蛍の季節はちょっとした旅行気分が味わえます。W


こちらは高野川の飛び石












馬橋を少し下ったくらいで河川敷がなくなるので、
右手の川端通りへ出ます。
反対側ちょい先が丁度川縁に下りてきたところです。
前方の馬橋を渡ると工繊の方へ戻れますが、
なんか来た道を戻るのも嫌いなので、
このままあえて川端通りを北上。

一部で有名な松ヶ崎橋。W
そしてその上。W


松ヶ崎橋から宝ヶ池方面
ここの鬱蒼とした感じ、暗いんですけど
何故だか妙に好きです。












振り返るとどこかで見たことのある交差点とか。W
川端通と北山通の交差点です。
奥が修学院方面。

これまた一部で有名なビーバーさんとヤ◯セさん。W
この辺ポルシェやらジャガーやら高級外車の店が多いです。
ていうか、古い地元の方以外は割とハイソな
方々が多く住んでらっしゃるようで。
大学教授とか多いですね。
そういや某防◯大の時の教授にもこの辺に自宅がある
方が居ました。







そして、ご近所の某平沢さん(仮名)家付近。W
電柱と混ざって見にくいですが、中央が松ヶ崎大黒天の鳥居。
鳥居が有りますが、お寺さんです。
バックは東山。妙法の法の字が真正面です。


現北山通を一本北に入った旧道。
どこかで見たような通学路です。W
YA◯AHAの看板が出てるのが、今回
ヒルダはんがお世話になったバイクショップ。

てことで、帰宅。(場所はないしょ。W)

今日は蒸し暑い所為で、よく汗かきました。
風呂の前に計ったら、体重も68kgに。
暫く筋トレしてないのが一番の理由でしょうが、
一昨年から10kg以上落ちてますね。
あと少し落としたいな。(64〜67がベスト体重。)
特にお腹辺りを。W
先週走ってなかったのもあって、
今週はなんか心地よい疲れです。
京都ではこんな状態を「ほっこり」と
言うらしいですね。

あ〜ほっこりした♪
(豊崎◯生繋がりということで。W)


14,Jun,09 01:10再び忌中
親父の忌明けが今月の24日、21日には長崎まで納骨に行こうかと思っていた矢先の6/8、
今度は祖母(親父の母)が亡くなりました。丁度親父が逝ってから1ヶ月でした。

こちらは89歳。体の方は健康だったのですが、朝から食欲がないのでもう少し寝るとのことで、
寝ていたらそのまま起きてこなかったという状況。
大分痴呆が進んでいて、親父の顔も判別できない状態でしたので、(「私の弟です。」とか言ってました。)
親父が死んだことは告げていなかったのですが、なんとなくは分かってたのでしょうか。
はたまた、親戚皆が言っていたように「親父に呼ばれた」のか。
ともあれ、そんな亡くなり方でしたので、本当に寝ているような健康的な死に顔でした。大往生。

てことで、今年は本当に災難続きの私。まさかこんなすぐに2度目の喪主をやるハメになるとは・・・
でも、親父と一緒に中陰の法要も納骨もできるようですし、親父の時の経験で手順も分かってますのでスムーズに進行・・・
と思いきや、いやいやどうして、今年の私の運の悪さはそんなもんじゃ収まらない。
お通夜で食べた寿司(多分サラダ巻)に当たって集団食中毒発生。
葬儀の日はお袋と妹、伯母(下)の3人が朝から通院・点滴、妹は38度の熱が下がらず1日寝込んでいました。
私と弟は朝からお腹がピーピー。水です、水。W
伯母(下)は1日苦しんでましたが、さすがは看護婦、帰り掛けに知り合いの病院に潜り込んで2度目の点滴受けたら落ち着いたとか。
弟はお腹が止まらないものの発熱は無く、なんとか長崎まで帰って仕事に出たとか。
私はといえば葬儀が終わって家に帰った頃から熱が出てきて、吐き気が止まらないお袋、熱が引かない妹と3人寝込むことに。
結局、次の日仕事休みました。まぁ、坊さんにお礼したりとか、色々手続きが残ってましたので丁度よかったですが。
保健所が来て色々調査して行きましたが、潜伏時間といい、多分ノロウィルスでしょう。
(弟が県の獣医師で保健所にも勤めてるので、先に調書作ってくれたので助かりました。)
同じ斎場でやってた他の葬儀参加者の中にも体調不良者が居たとか。
葬儀代まけてもらえるかしら・・・少なくとも食事代はロハにしてもらわないと。

にしても本当についてない。・・・まじでお祓いしなきゃかも・・・

01,Jun,09 00:49高野川
の辺りを最近ジョギングしてます。
某京都◯繊大から高野川に出て、出町柳までおよそ2.5kmを往復。
今日は午後天気も良かったので、出町付近では水遊びしてる人も多かったです。
(どこかの大学生でしょうか。カ◯ート付近の河川敷に裸族も居ましたが。W)

で、出町の飛び石付近で妙なもの発見。
制服の女子高生(?)を被写体に、しきりにデジカメ撮影している一団・・・
なんか見たことあるな・・・とか思ってたら、ああ、「けい◯ん!」ですか。
そうか、ここがロケーション現場なんですね。まぁ、作ってるのが京都の会社ですし。
そう思って、よく思い起こしてみると・・・あれ、修学院駅やら松ヶ崎橋やら、なんか似たような現場がちらほら・・・

帰って調べてみたら、やはりうちの近所がいつのまにか「聖地」になっているじゃないですか。
まぁ、巫女キャラや神社が無いのが幸いか。W(さすがに下鴨神社(世界遺産)はねぇ?・・・)
てことで、1話を見返してみたり・・・唯はご近所さんだったのですね;・・・(あの家の裏には「法」の字があるわけですな。)

17,May,09 23:14忌中さいぞ
いやいや、ようやく落ち着いたというか、なんというか・・・

↓からこっち、ついてないというかなんというか、ひたすら不幸続きで。
2月の末にデータセンターで停電事故・・・有り得ねぇ・・・300台弱が一気に電源リセット・・・
一体何台のサーバを構築し直したことか・・・来週サーバのHDD交換を1台やってやっと終了です。

で、3月。
この月に引越しの予定でしたが、忙しすぎて4月に持ち越し。
親父の癌は進行が速すぎて抗癌剤も無効、副作用で幻覚と痛みが退かず、また、余命も半年くらいだというので、
本人の希望もあり、ホスピスで緩和療法に切り替え。
いい感じに麻薬が効いているのか、一気に元気に。病室はまるでホテルみたいで、窓の外は大文字の「大」の字が。
食事もかなり美味いらしく、食欲旺盛でかなり御機嫌の様子。
体力が弱ってるくせに、エレベータに駆け込もうとしてコケて歯を折りました。
ただ、介護は必要なので、平日はお袋が、休日は私が対応。
周りの苦労を知ってか知らずか、親父は子供に戻ったように我侭放題・・・看護婦さんにまでも。W

4月。
親父の健康状態が良くなって来たので、週末は外泊許可。叔母達も見舞いがてら集まってくれて、最期の花見。
同時に私は仕事の間を縫って引越し作業。実家の近くに部屋を借りようかとも思ってましたが、
結局1部屋貰って実家に住むことにしました。

中旬を過ぎると、親父は大分進行が速まっているのか、体の痛みを訴えるようになり、薬も増強。
幻覚が酷く、起きてなにやらごそごそ始めるので、殆ど寝ずの介護。
お袋はだいぶグロッキー状態。
GWに一時退院の予定でしたが、4月末に肺炎を起こして一時危篤になりました。
家族、親戚が集まって(北海道から長崎まで。)くれたのですが、熱も下がって持ち直したため、
そのまま居残ってくれて介護を手伝ってくれました。
ちなみに私は丁度引越し作業が重なってしまったので、4月最終週はお疲れさまMAX状態でした。
(引越しで5年ぶりくらいに車を運転しましたが、あまりどうということもありませんでしたね。)

5月。
GWは地方公務員の弟が連休取ってこっちに来てくれてたので、大分負荷が減りました。
(着いてきた身重の嫁が観光気分で何もしないというか邪魔なのにはお袋が大分切れてましたが。w)
親父は最早肺が1/4も機能してない状態で、酸素吸入はMAX、起きているとしんどいため、睡眠薬も強力なものに。
殆ど覚醒してないのですが、寝ぼけてマスクを外すは、覚醒すると体がきついため色んな体勢を取ろうとして動きまくるわで、
目が離せない状態は変わらず。24hシフトで過ごしました。
結局、私がGWにやったことと言えば、急ぎ自宅ネットワークのセッティングしたことと、床屋に行ったくらいでしたね。

GW空けからどうなるか心配でしたが、妹がGW後も居てくれたので助かりました。
(こっちは長男をこちらで預かっているという事情もあるのですが。家庭訪問もあったし。)
それでも皆大分疲れが溜まって来た頃、5/5に私が夜間介護に就いた時から熱が退かなかったのですが、
そのまま覚醒間隔が長くなり、排便で覚醒することもなくなって、5/8未明に眠ったまま息を引き取りました。
丁度お袋が夜番に就いてて、明け方3時くらいに「お父さんの呼吸が弱くなってきてるから、ちょっと来てくんない?」との電話。
出かける準備してる間に「息が止まった。」との続報。
妹、叔母と一緒に病院に就いた時には、既に脈はありませんでした。

さて、それからがまた大変。親戚に連絡して、葬儀社に連絡して、会社にも連絡して・・・
5/9に通夜、翌日葬儀、果ては遠くから来てる親戚のことも考えてそのまま初七日・・・
家族葬なので香典とか辞退していたにも関わらず、親類やら会社やら香典からお焼香まで、結局手間は変わらず。
初めての喪主はドタバタしている内にあっと言う間に終わりました。

にしても、親父が若干の苦労はしたものの、自業自得というか、割と我侭に生きてきた所為か、
はたまた、亡くなる寸前まで家族で世話して来て、状況把握できてた所為か、
殆ど湿っぽい雰囲気が無かったのは幸いでした。むしろほっとしたような感じが漂ってました。
通夜の時はお袋と叔母(実は高校の同級生)とで、故人が生きてたら耳が痛くなるような話で盛り上がってましたね。
まぁ、地方の人間は割と人の死に慣れているというか、都市部の人から見たらもっと日常に近いというか、
割とあっさりしてるなぁと昔から思ってはいましたが。
結局、葬儀で涙腺がゆるんだのはうちの妹と親父の末の妹の2人のみ。
末娘は甘やかされてるからというのが叔母(姉の方)の意見。

まだ納骨とか残ってますが、(長崎に行かなきゃならない)とりあえず今週末は久しぶりに昼まで寝てました。はふ〜
引越し荷物もようやく展開し終わったとこです。
実家に居るので長崎弁で会話する機会が増えた所為もあるのでしょうが、只今のBGMは「つゆのあとさき」(by さだまさし)。
寂しいはずだけどなんか爽やか。そんな気分です。

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